NHK ETV8「妖怪たちはどこへ行った 〜水木しげるのねぼけ人生〜」
1

2

3

4

5

1989年に放送されたものを、去年の2月に再放送したらしい。45分すべて置いてある。ちょうど「昭和史」執筆中の時期で、東条英機をペン入れ(?)しているところも見られる。
水木しげるというとやっぱり「ゲゲゲの鬼太郎」なんだけど、キャラクターとしての鬼太郎自体は雑誌に描き始める前の紙芝居時代や貸本時代から登場していたらしい。以下は水木しげる氏が鬼太郎について語っている部分。

貸本の場合はね、一冊の責任ですから、一冊描いていったん売れないといけないと。売れなきゃ、お前の責任だってわけですよ。ところが雑誌の場合は、そのつど編集者が見て、どうこう言うわけですけれども、結局格闘させろってことですよね。格闘。これが入ってきたんですよ。これが重大な問題だったんです。あの、貸本のときは格闘がなかったんです。鬼太郎がオバケをやっつけなかったんです、そんなに。あの、全国をぶらぶら放浪しとった感じなんですよ。だからその、必ず格闘がなかったんです。雑誌になったら、その、一話一話格闘して妖怪をやっつけることに変わったわけですよ。これが大変なんです。
私はあんまり正義のヒーローが出てきてやっつけるっていうのはね、あまり好ましいことではないですよ。だからそれをあざ笑う意味でね、ねずみ男が登場するわけですよね。正義のアレが出てきてやっつけるっていうのは、ある意味から見ると滑稽でしょ。これ、バカじゃないかな、って考え方もできまけどね。あまり単純すぎてね。それで、鬼太郎がね、子どもだから単純でもいいですよ、あれは。ただやっつけるだけだもん。一体何のため、とか、ただ正義のためですよ。それをあざ笑うようにねずみ男を登場させるわけですよね。すると、この、リアル感が出てくるわけですよね。それとあの、ねずみ男の口先だけでどうにでも話の筋がうまく展開できるんですよね。鬼太郎だけだと硬直するんです、話が。おそらくあの、鬼太郎はリクルートがやってきてもリベートは受け取らないだろうしね。ねずみ男は受け取りますから。というふうにその、ねずみ男だと現実の人間らしいから、話がわかりやすく、うまく運びます。鬼太郎ってのは、よく考えると変わり者ですからね。であの、オバケをやっつけるけど、何にももらわないから。バカじゃないか、っていうような。そのぶん、何度となく繰り返すでしょ。バカバカしいほど。それがまた、滑稽なんですよねえ。大真面目なところが。それがこう、哂うねずみ男がいないと、やっぱりうまくいかないわけです(笑)。

ゲゲゲの鬼太郎=ねずみ男の話ともいえるということか。
ところで冒頭のナレーションが訛ってるように聞こえるのは僕だけですか?